脱アイドル後の中森明菜を語ってみる。

歌手・中森明菜の歴史は、もちろん例の事件すなわち1989年を境に分かれます。
ではその全盛期の80年代を3つに分けましょう。


1.【アイドル期】
82年のデビュー曲「スローモーション」から83年「禁区」まで。
いわゆる‘歌わされている’時期です。だいたい16とか17才ですからね。自分の意見なんてまだないですわな。ここで良い曲、いいスタッフに恵まれるか、かなり運も左右するでしょう。
なんといっても「セカンド・ラブ」が光りますよねえ。「少女A」の路線だけで走らされなかったことが、まあラッキーでした。個人的には「1/2の神話」「トワイライト」はあまり好きじゃない。「禁区」は好きです。


2.【歌手期】
‘歌’に目覚め、大きく歌唱力が伸びる時期。84年「北ウィング」から85年「SAND BEIGE」まで。「北ウィング」の‘不思議なち〜から〜で〜〜〜’のロングトーンとか、自信にあふれてますよね。そして何と言っても「飾りじゃないのよ涙は」。ここでは彼女はついに‘等身大の自分の歌’に出会い、‘少女A’ではなくなるわけです。でも個人的には「サザン・ウィンド」だな。この曲を歌う時の可愛らしさは神の領域といっても過言ではない。そうそう、歌に力がつくと、アルバムも売れ出すんですよね。「Bitter and Sweet」は今でも名盤の誉れが高いし、僕が初めて買った彼女のレコードもこれ。


3.【アーティスト期】
セルフ・プロデュースを覚えて、楽曲制作に積極的に関わる時期。85年「SOLITUDE」から89年「LIAR」まで。楽曲そのものに、中森明菜自身の主張や世界観、想いがこめられます。
今回全シングルを聴き直して、語りたいと思ったのがここから。
なので、1曲ずついってみよう。



Solitude
地味ですよね。よくシングルにしたなあ、と。声も張らないし。でもこれ、明菜さんたっての希望でA面になったとか。なにか彼女の中に共鳴するものがあったのでしょう。この曲の良さは‘25階の非常口で 風に吹かれて爪を切る’明菜の姿がありありと目に浮かぶところ。そして、それがどんな恋でどんな想いでどんな結末を迎えたのか、歌詞を追わなくても伝わるところ。‘大人の女性’ファン層が一気に増えたと思います。あと、ここから一気にサウンドクオリティーが上がります。地味だけど(だからこそ)、アイドルポップスではなく、ロック的なサウンドアプローチ(特にドラムとベース)が取られ始めて、グッと厚みが増してます。最近のライブでもよく歌われるそうですが、年を取るたびに良くなってるんでしょうね。バラードベストに入ってるバラードアレンジでの歌唱も良いです。



Desire
山口百恵でいうところの「プレイバックPart2」にあたる曲、ロックスピリットを持った歌謡曲。まあ、解説は不要でしょう。曲・ボーカル・アレンジ・衣装・振り付け、何をとってもカッコいい。彼女は自分で振り付けも考えているのは有名な話ですが、そのせいかどうか間の取り方が独特で、例の‘夢中になれない な〜んてね さみしい〜’で斜めにしゃがむところ、完コピできる人はそういないんじゃないかなあ。あ、イントロで、チャッチャッに合わせて右足を上げるところがめっちゃ好き。
※ちなみに「横須賀ストーリー」にあたるのが「飾りじゃないのよ涙は」ですね。



ジプシー・クイーン
一気にロック度は下がって、割と普通の(フュージョンテイストの)歌謡曲。百恵ちゃんで言えば「しなやかに歌って」にあたるのかな。その軽さに肩すかしを食らうけど、悪くはない。つか、優しい歌声に癒されます。この曲、ジャケットがいいですよね、自然で。あと、テレビでは赤いドレスで歌ってて、儚い運命に弄ばれる王女のような美しさでした。



Fin
これまた地味な曲。タイトルだけではどんな曲か思い出せなかったり、歌を聴いてもタイトルが思い出せない人も多いのでは。帽子を被り、ロングコートをひらひらさせて、手でピストルを真似ながら歌う曲ですよ。やっぱり明菜さんの強い思い入れでA面になったんでしょうね。イントロのリムショットから、高いクオリティーのアレンジでもって行間の想いを伝えにきます。これ、レコードでもテレビでも、歌うのがとても苦しそうで、この頃ノドの調子が悪かったのかな、と思ってたのですが、絶好調の「EAST LIVE」を見てもこの曲だけ苦しそうなので、たぶんかなり歌いにくい曲なんでしょう。それを敢えて歌うところに、彼女のロック魂を感じます。あと、指で作るピストルも、わざわざ人差し指と中指をクロスさせるとか、爪の先まで気を抜いてません。



Tango Noir
「Desire」と並ぶ、明菜流ロック歌謡の名曲。タンゴとは名ばかりで、重い8ビートでグイグイ押すところがめっちゃカッコいい。歌ってる姿も素晴らしい。イントロで、くるっと後ろにターンしながら左足を蹴り上げて左手にタッチするところ、鳥肌もんです。目線までしっかり決まってるところもお見逃しなく。のけぞりやターンも奇麗ですよね。上から目線で高飛車ながら、愛に溺れようとする‘最高級にイイ女’を、この曲で僕たちは目の当たりにすることができるわけです。アートですよ、うん。



BLONDE
これ、タイトルのせいで地味な印象をもってません? ちょっとひねり過ぎというか、あまり歌詞にもビジュアルにも結びつかないんですよね。それを抜きにすれば、実はとてもインパクトのある曲。前曲は低い声で攻めてきましたが、この曲のキーはちょっと高めで、めちゃめちゃ色気があります。つか、詞がね、‘私より強い男を探してた その低い声に引きずられ 夜へ’ ですからね。まさにエロス。歌ってる姿も、ボディーコンシャスなスーツにピンヒール、そして髪をかきあげながら歌う姿の色っぽいこと。振り付けも、ほとんどアドリブだったらしいけど、バックの音とピタッと決まってて、とにかく絵になってました。明菜なら、何歳になっても等身大で歌える、イイ女にのみ歌うことを許された曲。




難破船
いきなり純愛ですよ。毎回涙を流しながら歌う様は、「悲しい酒」の美空ひばり状態。ちょうどね、近藤さんとのゴタゴタもあった頃で、悲痛さは鬼気迫るものがありました。失恋を経験した女性にとって、身につまされるものがあるんじゃないでしょうか。もともと女性ファンの多い明菜ですが、この曲でいっそう増えたのでは。こちらも、最近のアコースティックスタイルのほうが、ますますいいですよね。




AL-MAUJI
中森明菜お得意の‘異国情緒もの’。それだけでヒットは約束されたも同然・・・とはいかないのがね、この世界の奥深いところ。いや、もちろん1位を取ったんだけど、明菜陣営はもっと上のヒットを狙ってたらしい。なんだろうね、悪い曲ではないんだけど。ひとつは‘意外性’に欠けたかな、というのと、リキが入りすぎたってのがあるかも。とにかくドラムの音がデカく、ボーカルも吠えまくり。‘ぅゎあああああ〜〜’というロングトーンビブラートも炸裂しまくってて、う〜ん、もうちょっと切ない系でも良かったんじゃないかな、とか思えたり。あるいは、この時期せっかく浸透しつつあった、アーティストとしてのリアリティーが希薄だったかな、とか。別の時期に出してればもっと印象に残ったのかも、ね。




TATTOO
で、88年夏に、仕切り直しで勝負に出たのがこの曲。ボディコンミニ+網タイツですからね、インパクト抜群。曲調も、レトロなジャズにジャングルビートとサイバーで味付けして、ちゃんとロックしてます。カッコいいっすよ、ネエさん。この曲、例えばベストテンなどで歌前のトークの時、すっごく恥ずかしそうにするんですよね。それがまた可愛くて、でも歌い出すと一転して上から目線。つまりツンデレの元祖ですな。




I Missed The "Shock"
さて、この頃の明菜の一番の問題作。どう考えてもシングル向きではないですよね。詞、何が言いたいのかさっぱりわからん。よく覚えて歌えるなあ。これも、明菜のたっての希望でA面になったとか。いったい何が明菜の心を捉えたのか。
とか何とか言って、実はこの曲大好きです。イントロから、もうめっちゃカッコいい。ベードラ4つ打ちにぶんぶん流れるフレットレスベースですぜ。このリズムに乗って歌うのが快感。ボーカルなんて、サウンドの一部だと言わんばかりの、低くささやく歌。1コーラスやそこらでは簡単にイカせず、最後の最後でクライマックスにもってくる、まさにロックの組み立てです。
‘強がりを言いながら’も、‘強い男に激しく抱かれたい’という明菜の本性そのままの快感がこの曲のビートにはあるのでしょう。


LIAR
まるでこの後の悲劇を予感させるような、まるで明菜本人が書いたかのような、悲しい曲。
‘ただ泣けばいいと思う女と 貴方には見られたくないわ 次の朝は一人目覚める 愛は悪い夢ね’
もうね、まんま中島みゆきの世界。イントロのピアノがまた悲しげで、当時バイト先の有線でよく流れてたんだけど、なんつうか、夜の街に合う曲なんだな。
当時は、このあたりの曲をなんでシングルに切ったのかさっぱりわからなかったんだけど(それでも1位を取るあたり、恐るべきアーティストパワーなんだけど)、どうしてもこの曲を歌いたかったんでしょうね。それを押し切るあたり(そしてちゃんと商品に仕上げるあたり)、まさにアーティスト呼ぶにふさわしい存在だったと言い切れます。